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新ヨーロッパ通信

ユダヤ人とアントワープ

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 2023年10月8日、私はベルギーの古都アントワープに電車で到着した。1905年に建てられた、宮殿のように立派なアントワープ中央駅から車で5分ほどの、古風なアパートに投宿した。エレベーターはなく、トランクを抱えて急な階段を上っていく。
 アパートは、アントワープのユダヤ人街にあった。一歩外へ出ると、カフタンという丈の長い上着に、白いワイシャツ、黒い帽子、立派なひげと長いもみあげのユダヤ人たちが闊歩(かっぽ)している。背広の裾から、白いひもを垂らしている人もいる。女性も地味な服装で、長いスカートをはき、頭にスカーフを被っている。彼らはユダヤ教の戒律を厳格に守る正統派(オーソドックス)と呼ばれる人々だ。この日はシムハット・トーラというユダヤ教の祭日だったので、多くの家族連れがユダヤ教の宗教施設(シナゴーグ)に向かって歩いていた。
 アントワープには約2万5000人のユダヤ人が住んでおり、シナゴーグが35カ所、ユダヤ人学校も10カ所ある。このためアントワープは、「北のエルサレム」と呼ばれる。店のショーウインドウを見ていると、ベルギーの公用語の一つフラマン語だけではなく、ヘブライ語の表示も目立つ。ユダヤ教の戒律にのっとった食事を出すコーシャ・レストランもたくさんある。こうしたレストランでは豚肉やエビ、貝などは絶対に出ない他、乳製品と牛肉を同時に食べることも禁忌とされている。
 アントワープにユダヤ人が多い理由は、この町に世界でも有数のダイヤモンド取引市場があるからだ。世界の17のダイヤモンド取引市場のうち、四つがアントワープにある。アントワープ中央駅の近くには、ダイヤモンドなどの宝石や貴金属を売る店がずらりと並んでいる。中世においては、ユダヤ人は大半の職業に就くことを禁じられたが、金融業と宝石の売買は例外として認められた。ユダヤ人はしばしば迫害されて流浪の民となったが、ダイヤモンドはかさばらないので、持って逃げやすいという利点もあった。
 ちなみに、アントワープというと、「フランダースの犬」という物語を思い出す人も多いだろう。日本では有名なこの物語は、欧州ではほとんど知られていない。今もこの物語のためにアントワープを訪れる日本人は後を絶たない。物語に登場する大聖堂の前には、眠るパトラッシュと少年ネロの像があるが、これは中国・深センに本社を持つ貴金属販売企業が寄贈したものであり、日本とは関係がない。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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