環境保護・人権報告ストレス
このコラムを読んでおられる皆さんの中には、「監督官庁への報告義務が増えて、仕事が忙しくなる一方だ」と思われている方がいるのではないだろうか。私が住んでいるドイツでは、欧州連合(EU)が次々に課す環境保護や人権デューデリジェンスに関する報告書提出義務について、経済界から「過剰な負担になっており、本業に差し障る」という苦情の声が上がっている。
今年1月に適用が始まったEUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)について、中小企業が構成する「同族企業と政治財団(SFP)」は、「CSRDは、報告義務を現在に比べて大幅に増やすことにより、中小企業の競争力を弱める。ビジネスの持続可能性を高めようとする努力も、不必要に多い報告義務のために阻害されるだろう」という声明を発表した。
現在もドイツの約500社の企業は、EUの非財務情報開示指令(NFRD)によって、環境保護や人権デューデリジェンスについて情報開示を義務付けられている。だが、CSRDが完全に適用される2028年には、情報開示を義務付けられるドイツ企業の数は約1万4600社に増える。その中には、多数の中小企業が含まれる。SFPによると、ドイツ企業の約90%は中小企業である。EU域内の企業の70~80%が同族企業だ。この国の中小企業・同族企業は製造業界、特にB2Bの分野で重要な役割を担っており、特にイノベーション力が高いことで知られている。
SFPは「CSRDは、サステナビリティ報告をこれまで以上に複雑にするとともに、報告するべき項目も増やす。われわれの見解では、CSRDがもたらす付加価値はほとんどない。逆に、CSRDによって報告義務が強化されるので、同族企業が行っているサステナビリティ強化のための努力が邪魔されることになる」と警告した。SFPによると、同族企業・中小企業では大企業よりも従業員数が少ないので、CSRDがもたらす負担は大企業よりも相対的に重くなる。
SFPは「EUは付加価値が乏しい情報開示要求を撤回するべきだ。EUが行うべきことは、アドミン負担を増やすことではなく、中小企業・同族企業が環境保護などの面で行っている貢献やイノベーションの重要さを認めて、助成金などによって支援することだ」と要求した。EU域内企業は、サプライチェーン監視法によって、下請け企業が奴隷労働や強制労働に関与していないことも立証しなくてはならない。
人件費の観点からも、今後は報告義務を減らすようEUに求める声が強まることは確実だ。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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