ドイツの「お蜂様」騒動
「あ、痛ッ!」。今年8月、ミュンヘンの公園でジョギングをしていた私は、右目のふちに強い痛みを感じた。顔と眼鏡のレンズの間に蜂が誤って飛び込んだのだ。わなにはまったと思ってパニックに陥った蜂は、私の顔を刺した。目の下が腫れている。
刺されたのは金曜日の午後だった。近くの医院はすでに閉まっていた。蜂に刺された経験を持つ妻が、玉ねぎの皮を目の下に当ててくれた。その後は、凍らせた保冷剤を当てて、ひたすら冷やす。週明けに眼科に行ったが、幸い目に異常はなかった。
今年の夏は、蜂に悩まされた。喫茶店の屋外のテーブルでケーキを食べていたら、蜂がたかって落ち着かない。ある知人は、屋外でビールを飲んでいる時に、ジョッキの中に蜂が入っていたのに気がつかず、ビールと一緒に蜂を飲んでしまった。蜂が食道や気道の内部を刺すと、切開手術を受けなくてはならないことがある。この人はすぐに病院に運ばれたが、身体の内部は刺されなかった。別の人は、ワインを飲んだところ、グラスの中に蜂が入っていた。幸い飲み込まなかったが、刺されて唇が腫れてしまった。
別の知人は、ハイキングをしていた時に蜂に刺されたところ、意識を失った。蜂の毒に対するアレルギーがあったのだ。ドイツでは、毎年約20人が蜂に刺されてアレルギー反応を起こし死亡している。
今年8月にあるパン屋に入った。ショーウインドーの中の菓子パンに黒々と蜂がたかっている。菓子パンの砂糖に脚がくっついて動けなくなった蜂もいる。あまりにも蜂の数が多いので、店員も追い払うのをあきらめたのだ。ドイツの大半の商店には冷房がない。しかし、最近は温暖化の影響で8月には暑さが厳しいので、店の入り口のドアを開けているから、たくさん蜂が入ってくる。たくさんの蜂が張り付いたパンは、とても買う気がしない。
だが、ドイツでは、蜂をむやみに殺すことはできない。蜂は連邦動物保護法によって、「減少の危機にさらされている昆虫」の一つに指定されているからだ。ある時、私は公園の彫像に、大きな蜂の巣ができていることに気がついた。多くの観光客が行きかう場所なので、日本ならばすぐに蜂の巣を撤去するはずだ。だが、ミュンヘンでは、蜂は法律で守られているので、撤去できない。「巣に近寄らないで下さい」という貼り紙があるだけだった。
私はこの光景を見て、徳川時代の「生類憐みの令」という言葉を思い出した。お犬様ならぬ、「お蜂様」である。
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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