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データ偏重の落とし穴

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 以前、イチローさんと松井秀喜さんが対談しているテレビの特番を見た際、二人は現在のメジャーリーグについて退屈だと述べており、その理由としてデータ偏重の野球をしていることを挙げていた。データによって野球が統計学に支配され、選手の特徴などが可視化されることで、かつてのような試合の醍醐味を感じにくくなっているということだった。その醍醐味とは感性に基づくプレーであり、イチローさんは「必要な時にデータはONにすればいいが、常にある状態、見えるところにあると頭を全く使わなくなる」と指摘した上で、データに頼り切ると「感性が失われる」と嘆いていた。
 昨今の保険業界では、データ活用による「可視化」「見える化」という言葉がよく聞かれる。データは人材不足の補てん、業務効率化、顧客への情報提供などの面で役立てられており、デジタル・トランスフォーメーションの中心に位置している。それはそれで素晴らしいことだが、データに頼り過ぎるのは危険なのかもしれない。例えば、保険募集の場面で考えてみると、データに基づく提案だけで募集活動を行っていたら、その作業は機械的になり、結果、募集人は仕事のやりがいを見いだしづらくなるだろう。
 今はラーメンが食べたいとなれば、スマートフォン一つで今いる場所の近くにあるラーメン店を検索でき、その味のレビューまで知ることができる。しかし、そのレビューが自身の感覚と合っているかは、実際に食べてみないと分からない。
 以前、CEOやCFOなどの経営・上級管理職の人材紹介を専門に行うエグゼクティブサーチを手掛けているコンサルタントに話を聞いたが、その人は「人材で会社、ひいては業界は変わる」と言っていた。過渡期にある今こそ損保業界に求められるのは、経験によって磨かれた感性、データに頼り過ぎない仕事の進め方なのではないか。(ベイ党)

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