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新ヨーロッパ通信

【新ヨーロッパ通信】独逸ビーバー奇譚(下)

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 前回このコラムで、ミュンヘンのニュンフェンブルク宮殿の森で、樹木がビーバーによって倒される被害が増えているため、管理事務所がビーバーの生け捕り作戦を始めたとお伝えした。ビーバーは法律で守られており、駆除が禁止されているので、捕まえて別の地域に放す。バイエルン州には、約2万匹のビーバーが生息していると言われている。
 私は35年前からミュンヘンに住んでおり、この森で毎日ジョギングをしているが、森林管理人が住んでいる家の前をよく通る。この家の裏には、れんがで作られた古めかしい人工の池がある。実はこの池では、18世紀から19世紀にかけてビーバーが飼われていた。今日、庭園の木をかじっているのはそのビーバーたちの末裔だろう。
 ニュンフェンブルク宮殿の森の中でビーバーが飼われていたのは、1745年から77年までバイエルン選帝侯だったマクシミリアン3世ヨーゼフが、この動物を好んだためと言われる。ドイツの建築家が1839年に書いたメモに、ビーバーの池の記述がある。
 ビーバーはさまざまな理由で養殖された。まず中世以来、ビーバーの肛門近くの香嚢(こうのう)から出る分泌物(海狸香・かいりこう)は一種の万能薬として珍重された。海狸香は、頭痛、てんかん、歯痛などに効果があると信じられた。ビーバーの毛皮も、防寒具として中世の欧州では珍重された。ビーバーが中世から近世に絶滅の危機に瀕したのは、これらの用途のために乱獲されたからである。
 また、中世には、ビーバーの肉を食べる人々もいた。キリスト教徒の間では、復活祭までの40日間が断食の期間に指定され、この時期に動物の肉を食べることが禁じられた。ただし、魚を食べることは許された。だが、中世にはドイツなど一部の地域で、「ビーバーは尾を使って泳ぐので、魚の一種だ」と考えられた。このため人々は、断食の期間にもビーバーの肉を食べた。あるイエズス会の神父は1754年に、「1414年のコンスタンツの宗教会議で、断食期間中にビーバーの肉を食べてよいことが決まった」と記録している。
 欧州の貴族たちの間では、ビーバーの平たく大きな尾が、珍味として好まれた。1898年にドイツで書かれた料理本には、「塩と酢を加えた湯でゆでたビーバーの尾をバターをしいたフライパンの上で焼き、レモンを加える」というレシピが残っている。本当においしかったかどうかは、伝えられていない。
 今日のビーバーたちは保護動物に指定され、中世に比べると安らかで楽しい人生を送っている。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92

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