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独政府が国家安全保障戦略を発表(下)

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ドイツ政府は6月14日に国家安全保障戦略を公表した。この文書には、「ドイツのための統合された安全保障」というタイトルが付けられている。
 その理由は、今日の安全保障政策は、軍事、外交、経済、気候、サイバー攻撃に対する防御などさまざまな分野を統合する形でしか守ることができないという考え方に基づく。戦車や戦闘機の数を増やしても、気候変動を抑制したり、ドイツを目指す難民の数を減らしたり、天然ガスの安定供給を確保したりすることには役立たない。つまり、安全保障を軍事や外交に限定せず、総合的かつ多面的な価値として捉えていることが、この文書の特徴だ。
 ショルツ政権は戦略文書の中で、人権問題を重視する姿勢をはっきり打ち出した。同政権は、「われわれは世界のどの地域についても、人権を守るために努力する」と述べた。ドイツ政府は、「われわれの外交政策は国益に導かれ、価値に基づく」と主張し、人間の尊厳、民主主義、法治主義、報道・集会・信教の自由などを守ると述べた。つまり、ドイツは経済的繁栄などの国益を追求するだけではなく、人権擁護などの原則を重視する。このメッセージには、人権問題を重んじる緑の党の筆跡が濃い。
 この背景には、対ロシア政策の失敗がある。シュレーダー政権とメルケル政権は、ロシアに対して政経分離主義をとった。つまり、ロシア政府が人権侵害や国際法違反を行っても批判せず、貿易関係を重視した。だが、ロシアのウクライナ侵攻によって、政経分離主義は破綻した。ドイツではウクライナ戦争勃発後、「過去のドイツ政府がプーチン政権に対して宥和政策をとったことは誤りだった」という合意がある。
 ドイツは1973年にソ連の天然ガスの輸入を開始した。ソ連は、東西冷戦たけなわの時代にも、西欧諸国にガスを供給し続けた。このため、歴代のドイツ政府は「ロシアがガスを政治的な武器として使うことはあり得ない」という誤った先入観を持った。この結果、同国が2021年に外国から輸入したガスの59.5%が、ロシアから輸入されていた。昨年8月末にロシアがドイツへのガス供給を停止した時、産業界は一時パニックに陥り、市民はエネルギー費用の高騰について強い不安を抱いた。ドイツ人たちは国際法違反や人権侵害に目をつぶることが間違いであることを痛感した。
 つまり、この戦略文書は、過去の失敗を教訓として、将来の政策を変えようとするドイツ人たちの決意の表れなのである。
 (文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
 筆者Facebookアカウントhttps://www.facebook.com/toru.kumagai.92
 

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