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特集 関東大震災から100年

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今、首都直下地震が起きたら…「国難級災害」への備え必要
将来の繁栄の礎となる創造的復興目指す
東京大学 目黒公郎教授に聞く

 

目黒教授


 

 現在、日本では21世紀半ばまでに首都直下地震や南海トラフ沿いの巨大地震(東海・東南海・南海地震やこれらの連動地震)が発生する危険性が指摘されている。ひとたび首都直下地震が発生すれば、脆弱な木造家屋が密集した地域が多い首都圏では、大きな揺れに加え延焼火災、また湾岸地域では、液状化現象を起因とするさまざまな被害が発生する危険性が高く、東日本大震災よりもはるかに大きな被害をおよぼす可能性がある。その20年間の長期的な経済損失の総額は855兆円とも言われ、「国の存続が危ぶまれる『国難級災害』になる」との見解が示されている。その「国難級災害」に対してわれわれはどのようなマインドで備え、対策すればいいのか、東京大学教授で大学院情報学環総合防災情報研究所センター長、工学博士の目黒公郎氏に聞いた。
 

 1923年(大正12年)9月1日、午前11時58分32秒に相模トラフを震源に発生しマグニチュード8クラスの大正大地震が発生した。関東大震災を引き起こした地震だ。その被害は、全潰(倒壊や崩壊)建物が約11万棟、全焼が約21万2000棟、死者・行方不明者約10万5000人、そのうち87.1%(約9万2000人)が焼死者で、地域としては東京都(66.8%)、神奈川県(31.2%)で全体の98%に上った。神奈川県を中心に建物の崩壊や液状化による地盤沈下、崖崩れ、地すべりに加え、沿岸部では津波による被害も発生。その結果、死者・行方不明者数は建物被害で約1万1000人、津波で200~300人、土砂災害で700~800人に上った。
 関東大震災による被害額は、約45~65億円と推定され、これは当時の日本のGNPの30~44%で、そのインパクトは現在の160~460兆円相当に上るという。
 こうした状況を踏まえ、2013年の政府中央防災会議では、首都直下地震の被害総額を約95兆円、避難者数700万人、死者数2.3万人と試算されたが、これらの被害想定は発災から数日後(延焼被害を含む)までを対象にしたものだ。18年に土木学会が試算した首都直下地震の20年間の長期的な経済損失の被害総額は855兆円とされている。首都直下地震は、東日本大震災と比較してはるかに大きな被害をおよぼす可能性が高い。
 その理由として、首都圏では脆弱な木造家屋が密集した地域が多く、この地域は揺れによる被害とその後の延焼火災の危険性が高いこと、さらに湾岸地域では、液状化現象が発生する危険性が高いことに加え、長周期地震動の影響を受けやすい石油コンビナートをはじめとする各種プラントや火力発電所などが林立していることを挙げる。

 
【震災に向けて備えるべきこと】
 関東大震災の影響は、延焼火災や構造物被害、流言飛語、帝都復興計画などの観点で語られることが多いが、目黒教授は、「時間的、空間的にもこの範囲を対象とした議論だけでは不十分だ。関東大震災の最大の影響は、『大正デモクラシー』の時代を一気に変え、わずか22年後に第2次世界大戦の敗戦に導いたことである。人は、自分が想像できないことに備えたり、対応することは難しい。そのため、想像可能な範囲を広げていくことが適切な対策を講じる上で不可欠だ」と強調する。
 こうした考えが、首都直下地震や南海トラフ沿いの巨大地震に対する対策の検討に必要だ。また、関東大震災の全体像と影響の適切な把握、今後の社会状況の変化の適切な予測が被害軽減につながるとともに、災害を契機に社会全体が進むべき方向性を誤らない大切な要素と認識することが重要だという。
 首都直下地震での被害は、事後対応のみの復旧・復興が極めて困難な規模が想定されている。そのため発災までの時間を有効に活用した被害抑止対策で、自分たちの体力で復旧・復興できる規模まで被害を軽減することが重要となる。
 また、災害対策に関する研究は、細分化が進んだ特定の学問分野や少数の関連分野の連携だけでは不十分だ。従来の地震工学研究の深化や理工学と人文社会学、生物・医療系分野を融合した研究成果に基づくハードとソフトの組み合わせに加え、産官学に金融とマスコミを合わせた総合的な災害マネジメント対策の理論構築と社会実装が求められる。
 災害対策には、「自助、共助、公助」に対応する三つの担い手があるものの、現在の少子高齢化や人口減少、財政的な制約を考えれば、「公助」の割合を従来通り維持することは不可能だ。その不足分は「自助と共助」で補足する必要がある。そのため、「自助」と「共助」の担い手である個人と法人に大きな影響をおよぼす金融とマスコミとの連携が重要との見解が示されている。
 また、防災対策に対する意識を「コストからバリュー(価値)」、さらに「フェーズフリー」に変化させる必要がある。従来は、行政も民間も防災対策をコストとみなしていた。時間的・空間的に非常に限定的な現象である災害時にしか機能しないものへの投資は難しい。今後の災害対策は平時の生活の質の向上を主な目的とし、それが災害時にも有効活用されるという平時と有事を分けない「フェーズフリー」なものにすべきとの見解が示されている。
 コスト型の災害対策は、「一回やったら終わり、継続性がない、その価値は災害が起こってみないとわからない」ものになる。しかし、フェーズフリーでバリュー型の災害対策は、「災害の有無にかかわらず、それを実施する個人や組織、地域に価値(信頼性やブランドを含め)をもたらし、それが継続され、災害にも有効活用される」ものになる。
 現在の少子高齢人口減少社会では、事前の災害対策として、従来の集落の数や分布をそのままにして、人口の変化を自然に任せるのではなく、各地域の災害危険度を評価し、危険度の高い地域に住む人たちを危険度の低い地域にうまく誘導することが大切になる。
 この時に重要なことは行政も市民も大きな財政負担は難しいため、市民のライフプランの中、例えば、引っ越しや住宅の建て替えなどのタイミングに災害危険度の低い地域かつ人口減少によって空くスペースに移動してもらうことだ。これにより、最小限の対策費や予算措置で自治体全体として将来の災害リスクも被害量も大幅に減ることに加え、災害対応の環境も大幅に改善される考えが示されている。
 一方で、事後対策では、行政による津波浸水域の一括買い上げや適正な評価に基づいた私権の制限を伴う被災地の効率的な復興策をとる必要がある。実現には法制度を含めた環境整備を進めていく必要があり、その際に地籍の整備が不可欠となる。日本の地籍の整備率は、全国平均52%で東日本大震災の被災地は比較的地籍の整備率が高い地域だったが、首都直下地震や南海トラフ巨大地震の想定被災地の整備率は低いため、高くしておく必要があるという。
 また、明治政府による人材登用を発端とする首都圏への極度の一極集中が、首都直下地震時の人材と機能、財産の大きな損失の原因となっている。この状況は日本の人材の有効活用の上でも問題だ。この問題解決には、全国各地の人材と機能(財産)のバランスのとれた配置の実現が不可欠だ。

 
【震災復興で目指すもの】
 目黒教授は、東日本大震災の直後に、震災復興の目指すものとして、「将来の繁栄の礎となる創造的復興」を掲げ、その下に4原則として、①被災地域の豊かで安全な生活環境を再興するととともに、日本の将来的課題の解決策を示す復興②政府や自治体、企業、NPО・NGO、国民、被災地の人たちが連携して知恵と財源を出し合う協調した復興③低環境負荷や持続性、地域産業再興に配慮した復興④前提条件の再吟味に基づいた復興―を挙げた。
 ①は、当該地の安全で豊かな生活環境の復興が第一となると同時に日本の将来の課題解決につながる復興にするべきであり、第3回国連防災世界会議の仙台宣言の「より良い復興:Build  Back Better」と同じ意味で、「元通りではなく、課題先取り解決型の復興」を目指すことが重要となる。
 ②は、通常の災害は、被災自治体と被災者に加え、国が対応することで回復するものの、大規模地震は日本の全てのステークホルダーが連携し、知恵とお金を出し合って協調する必要がある。これには被災地支援のためと被災していない人たちのためという意味が込められている。被災していない人たちにとっては、実際の災害現場を対象に防災や災害対応を学ぶ機会として重要であり、被災地支援活動によってオールジャパンの防災力を向上するべきだ。
 多くの死者が想定される首都直下地震や南海トラフ巨大地震においても被災者の心のケア(グリーフケア、サバイバーズギルトのケアなど)が復興に向けたポイントになる。今から、この問題への対処法を検討しておく必要がある。
 また、有事の対応を平時の延長として考えてはいけない。有事であってもやってはいけないことを定め、それ以外は何でも実施して対応することが重要だ。現行の制度を無理やり活用してできることを考えるのでは、抜本的な問題解決はできないし、非効率になる。さらに既存制度が設立された時代と社会状況が異なる場合では、より大きな問題を生むことにつながる。

 
【継続的・総合的な被災地支援に必要なこと】
 日本では、災害後は被災地への遠慮から自己規制をかける傾向にあるが、イベントを通常通り実施した上で、関係者に被災地支援をお願いし、義捐金などを届けることが望ましい。
 また被災地内の観光地への旅行を控えることも被災地とって収入減になると指摘する。「積極的に被災地を訪れたり、被災地の作物や商品を購入する運動などを行い、風評被害を未然に防ぐことが重要である。マスコミ等も、現象を先取りし、防災行動を誘導する報道を心掛けるとともに、被災者や被災地に希望や生きがいを与える報道を考えてほしい」と述べている。

 
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