ウクライナ停戦交渉・欧州は蚊帳の外(2)
米国のヘグセス国防長官が打ち出した見解の中でウクライナにとって最も重要なのは、安全の保証と停戦監視軍だ。
ウクライナ政府は、停戦後もロシアがいつウクライナに対する軍事攻撃を再開するかわからないと考えている。ゼレンスキー氏は、「プーチン氏は嘘つきであり、合意を平気で破る」と述べている。このためゼレンスキー大統領は、停戦が実現した後、ロシア軍とウクライナ軍の間の緩衝地帯に、停戦監視軍を配置することを求めている。しかもゼレンスキー氏は、米軍が停戦監視軍に参加することが不可欠だと考えている。
その理由は、ロシアに対する抑止力を高めるためだ。ロシア軍は、2022年からの戦争で豊富な戦闘経験を持っている。これに対し独仏英などの軍隊は、第二次世界大戦後、本格的な戦争の経験がない。
だが、ロシアも、再びウクライナ攻撃を再開することで、世界最強の軍隊である米軍と交戦することは避けたい。つまり、停戦監視軍に米軍が参加すれば、重要な抑止力となる。だが、ヘグセス国防長官は、ゼレンスキー大統領の要望を拒絶した。
ロシア軍とウクライナ軍の間の緩衝地帯で両軍が停戦合意を守っているかどうかを監視するには、約5万人の兵力が必要とされている。
だが、欧州諸国の足並みは揃っていない。英仏、スウェーデン、イタリアは、自国の軍隊を停戦監視軍に参加させることに前向きである。これに対しドイツのショルツ首相は、「ウクライナには絶対にドイツ兵を派遣しない」と明言していた。彼は、ドイツがロシアとの戦争に巻き込まれることに強く反対していた。今のところドイツ連邦軍には、ウクライナの緩衝地帯での停戦監視任務に参加するために必要な装備や能力がない。戦車は空からの攻撃に弱いが、ドイツにはロシアの自爆ドローンの攻撃を防ぐための防空能力が欠けている。ドイツは22年以来ウクライナに戦車や対空自走砲、自走榴弾砲、装甲兵員輸送車などを供与してきたために、自軍の装備が貧弱になっている。
もしもヘグセス氏が言うように停戦監視軍に米軍が加わらず、欧州の軍隊だけが参加するとなると、ロシア軍がウクライナ再攻撃の誘惑にかられる危険が強い。停戦監視軍に加わる欧州の軍隊に多数の戦死者が出た場合、ロシアと(米国を除く)NATO軍との戦闘に発展する可能性もある。欧州諸国にとっては極めてリスクが高い任務だ。このためドイツ以外にも、停戦監視軍への参加をためらう国も現れると思われる。
(つづく)
(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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